カイロタイムズ119号(高解像度)
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(4)2019年11月18日発行 カイロタイムズ 119号学ぶことだと気づき、他の仕事に応用をしていこうと試みるのではないでしょうか。 「オステオパシー」とは手技の一つではなく身体に対する捉え方を体系化して学ぶ学問です。施術という小さな枠組みにとどまることなく、私たちは様々な職種や施術業界以外の方々に「オステオパシー」の種を運んでまいりたいと思います。立体に見え始め「ユニット」を実感します。「ホリスティック」という表現は一般にボンヤリとした印象として扱われそうですが、オステオパシーの立体を作る線は揺るぎのない点から形成されたものとして学生のイメージに残ります。ここまで段階を経ると、難しいと思っていた施術の組み立てが楽しくなり、自由に感じてきます。学びの積み重ねに裏打ちされたアプローチのアイデアが生まれ、他のやり方を参考にトライ&エラーを繰り返し、施術の幅が広がります。 もちろん憶測ですが、最初は「オステオパシー=クライアントを施術ベッドに横たえて行う手技療法」と想像し入学した学生は、オステオパシーにおける手技とは大局的に身体のことに適用できる概念を 毎年、お盆休み前後になると本学院を卒業した学生たちの近況が集まってくるのですが、私を含めオステオパシーを学んだ者は、どうも自由に羽ばたいていく傾向があるようです。卒業後の進路は施術家を筆頭に、医療資格を持っている卒業生などは仕事におけるスキルアップを図ります。しかし過去にはアロマや東洋医学をさらに勉強したり、スポーツトレーナー、クルーズ客船でトリートメント、動物病院に勤務という方もおられました。筆者自身も、オステオパシーの施術と講義を受け持ちつつピラティストレーナーのライセンスを取得いたしました。一見するとオステオパスとして脱線しているようにも思えますが、オステオパシーの哲学といわれる身体に対する捉え方を思えば、いかにもオステオパスらしいと私は思っています。 身体は一つのユニット。身村井 香織世界オステオパシー保健機構会員アトラス・オステオパシー学院講師ピラティストレーナー村井 香織 プロフィール体の一部分に囚われず、その人の今持っている構造のすべてが可能な限り効率的に連携することを目指すこと。その先にあるものが、真に健やかな状態の身体です、と謳っているオステオパシー。その学校教育も入学から卒業で一つのユニット「オステオパシー」になっていきます。 始まりは点。身体についての名称、単語や構造物を一つ一つ知るところから。徐々にバラバラと教わった構造物同士を解剖学的にも生理学的にも連携という線で繋げることをいくつかの例として教わり、それを積み重ねていきます。その思考回路がさらに個体差に対応し始めていくと、ある日その線の集合が全身のオステオパシーを学ぶその先にNPO法人アトラス・オステオパシー学院村井 香織 カイロプラクティックの危険性を1989年頃から1年半ぐらいかけて、厚生省(現厚労省)が科学技術研究費を使用し、当時の東京医科大学・三浦幸雄教授を中心とした7名の整形外科医に委託され、調査研究がおこなわれた「脊椎原性疾患の施術に関する医学的研究」(以下、三浦レポート)が報告した四半世紀後、消費者庁報告書(消安全第187号)も危険性に警鐘を鳴らした結果、業界として25年間で何も改善できなかったことがあからさまになった印象だが、何がいかに改善されてきたのだろう? 国内でカイロプラクティックを標榜する人たちは、何を考え、何処に意見を伝えているのだろう?また、世界カイロプラクティック連合(以下、WFC)か政治家か、あるいはどの省庁府の指導に従う考えなのだろうか? 自己責任の下に自由は保障されているので、各自が信じたいことを信じて良いが、その各自が信じていることがどの程度真実なのだろう。例として視覚に存在する盲点の部分に視覚情報はないが、脳は盲点を補う情報をも勝手に創り出して、見ていると信じる外界を見せている。 また、フェイクニュースではなくとも、情報として伝えられることや聞かされることも、都合の良い写真や話術や演出に惑わされている者が少なくないような印象だが、あやふやな薔薇色の無法状態が法治国家で永遠に続く可能性は低い。 自由主義を掲げた官僚社会主義国家と言われる日本の行政側はいかに考えるだろうか? 何やらカイロプラクティックという理解に困る民間療法が、効くこともあるらしいけど、骨折、脱臼、脊髄損傷まで起こすほど危険で被害者多数と消費者庁が統計的に証明している現状では、国民を重篤な被害から守る簡単明瞭な方法はカイロプラクティックの禁止だと考えて当然だが、未だ禁止に至っていない理由は、最高裁判例がある中で行政側が熟慮を重ねているからだと思う。 しかし、規制は始まっている。過当競争に押され、収益増加の為にカイロプラクティックに参入してくる有資格者たちが多い訳だが、有資格者たちは既存の法で管理されるので、業務範疇の再確認で自主規制を迫られているようだ。有資格者が起こすカイロプラクティックの事故数が無資格者による事故数より多いことを大手新聞が記事に報じたから尚更だろう。基礎医学教育が同じとしても、週末セミナー数回で専門課程を終えて世界基準の安全性を担保する知識と技能を身に付けられると考えるのは思い上がり中垣 光市 DCだ。「ワンコインカイロ」の看板で保険制度を乱用するような違法業者は排除されると良い。 三浦レポートと平成3年医事課長通達が出された当時、国内のDC達は既存業者の教育レベルを底上げしようと協力した。受講資格を審査し、『カイロプラクティック総覧』を共通テキストにした組織努力を「ド素人にカイロプラクティックを教えている」と誤報を捏造し世界中に流布し、崩壊させた輩たちがいた。 以来、四半世紀もの歳月をかけて彼等が努力を重ねたのであろう結果、消費者庁報告書もカイロプラクティックの危険性を指摘するに至ったのだから、代表団体としての目的と手段は、関与する政治家と一部官僚と世界連合を除けば、業界と国民の評価に耐えるか疑問だ。法制化を掲げていたマニフェストは備忘録だったみたいな印象だが、煽り立てて内容証明を招くつもりは毛頭ない。 国内カイロプラクティック業界にとっての社会的責務は、可及的速やかに受療者国民を守る環境を整備することに他ならず、法制化が強く望まれる。法制化に関しては、太平洋戦争敗戦直後の連合国軍と日本でもあるまい。世界保健機関の下部組織であれ、御意見番 物申す当たり前のことが当たり前に中 垣 光 市 DC各国民間団体の寄り合いに過ぎぬWFCが、独立国家日本の主権を超越してカイロプラクティック法制化を達成できるわけがない。法制化を遂げた国々のリストをWFCが掲げてはいるが、すべての法制化は各国の業界がロビーイングした努力の成果だ。 戦前の法制化運動では、大正5年に帰国したパーマースクール卒業生の河口三郎DCの働きかけで、官撰の神奈川県知事を勤めた有吉忠一氏の下に「神奈川県令(大正7年度)脊椎骨調整術(カイロプラクティック)営業取締規則」が日本初のカイロプラクティック規制として施行され、同様の規則が全国的に広まり、GHQ統制まで続いた。 戦後の法制化運動には、大物政治家と称される小坂善太郎氏と小泉純一郎氏の名前が出た。小泉氏はカイロプラクティックではなく鍼の治療を受けていたと言われている。 戦後75年の節目を目前に、カイロプラクティック法制化を達成した政治家は未だいない。指導省庁に関して行政側は、業界の選択に備えている。医業類似行為は厚労省管轄で、リラクゼーション業は経産省の管轄だ。 各事業者も各団体もカイロプラクティックを標榜するのならば、補完医療として医業類似行為に属するのか、単にリラクゼーション業扱いに甘んじるのか、二者択一の決定をするべきときが近づきつつある。 アイオワ州パーマーカイロプラクティック大学(以下、パーマー大)を卒業して、早20年が経ちます。現在は、ニュージャージー州フォートリー市で石谷ヘルスセンターとして開業しています。 これまで私を支えてくれた両親、学校や先輩の先生方、そして、私を信頼して来てくださる患者様に心より感謝の気持ちでいっぱいです。 日本で大学在籍中に、アメリカにおけるカイロプラクティックの存在を知りました。私は、健康で元気な子供でしたが、小学校5年生のとき、鉄棒から転落。その後、肩こりと頭痛が発生するようになり、放課後は、急いで家に帰り母に肩を揉んでもらうほどでした。大学時代に初めてカイロプラクティックの施術を受けた時から、この世界に引き込まれ、日本で開業されているDCの先生に会いに行き、また、資料で調べたりすることで没頭していきました。 パーマー大を卒業して初めての仕事では、怒られっぱなしで、社会人として自分はやっていけるのか悩み、月給20万以下での生活で今後、自分が学んだことを活かせる日が来るのかと落胆した時期もありました。勤務医として4年目、自立しようと決めた時、ある素晴らしい先生に出会いました。その先生は、「カイロプラクターを続けていくことはエンドレスバケーションの始まりだよ」と言いました。当時の私はその意味が良く理解できていませんでしたが、強く心に残りました。 開業するにあたり、約1年間、その場所が自分に合っている場所なのか、経営的にも成り立つ場所なのか細かくリサーチをして、3000軒の家や近郊の店を回り自己紹介をしました。そのおかげか、開業は好調な滑り出し。診療日は週6日、当初は朝8時半から夜7時までの診療時間でしたが、私のモットーは、「患者さんのためにできることをする」なので、早朝来られたい方のために、朝は7時、夜は8時までと診療時間を引き延ばしていきました。ほぼ毎日14時間勤務。体は疲れたとしても、人を助けられる喜びの充実感で毎日が楽しみです。 20年経った今、16年前の恩師の先生の言葉が良く理解できます。「Endless Vacation」とは、毎日がバケーションのように、ワクワクと幸せを実感して過ごすことです。多くの方にカイロプラクティックを伝えられる事、それを通して、生きる喜びと健康でありVol.7Vol.7世界で活躍するDC石谷 三佳 DCEndless Vacation石谷 三佳 DC続けられる価値を見出してほしいと願い、また、それが自分の使命と思い、これからもできることをしていきたいと感じています。2000年 パーマーカイロプラクティックカレッジ卒(アイオワ)2000-2004年 カリフォルニア州のファミリープラクティス、交通事故や労災専門のクリニック、などのクリニックで勤務医を経験2006年 ハーバード大学医学部専門課程修了2004年 ニュージャージー州フォートリーで開業 石谷カイロプラクティック2016年 石谷ヘルスセンターと改名。カイロプラクティックだけでなく、理学療法、鍼治療、ホメオパシー医学、臨床心理科などのホリスティック医学も導入石谷 DC 経歴

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